『クリトン』はプラトンが著した対話篇の一つです。
内容は死刑判決を受けたギリシアの哲学者ソクラテスに、友人のクリトンが脱獄の話をもちかけるというものです。
この『クリトン』は『ソクラテスの弁明』の続編と言われています。
『ソクラテスの弁明』については別の記事でご紹介していますので、
『ソクラテスの弁明』著プラトンのあらすじを分かり易く解説
哲学者ソクラテスの弟子であるプラトンが著した初期の対話編『ソクラテスの弁明』。古代ギリシアの偉大な哲学者ソクラテスの無罪を主張するために行った答弁って一体どんな内容だったの?分かりやすくこの記事でソクラテスの弁明の内容を解説!
よろしければこちらの記事もご覧ください。
この記事では『クリトン』を分かりやすくざっくり要約していきたいと思います。
『クリトン』の背景
こちらの舞台設定は『ソクラテスの弁明』で死刑判決を受けたソクラテスの約30日後です。
アテナイの牢獄で死刑執行を待っているソクラテスの元に、幼少期からの友人であるクリトンが脱獄を勧めるためにやってきます。
クリトンがやってきたのは「死刑執行停止の解除」を意味する聖船の帰港を控えた深夜未明でした。
当時のアテナイでは、
という故事にちなんで毎年アポロン神殿に感謝の供え物を捧げる聖船を送っていました。
その聖船の出港準備から帰港するまでの間、アテナイでは死刑執行は停止されていました。
聖船の出港準備が始まった時期がなんとソクラテスの死刑判決が出された前日だったので、ソクラテスは約30日も死刑執行を免れていたのです。
逃亡すべきだろうか?
クリトンがソクラテスの元にやってくるところからお話は始まります。
ソクラテス、聖船の帰還が迫っている。聖船が帰ってきたら、お前の死刑が執行されてしまう
クリトンの言葉を聞いて、ソクラテスは答えます。
夢のお告げを見たんだが、聖船は明日到着するだろう
クリトンはソクラテスに脱獄を勧めます。
ソクラテス、逃げよう。私に親友(ソクラテスのこと)を失わさせないでくれ。それに、もし私がここで何もしなかったら、大衆から『金を惜しんで親友を救うのを怠った』という噂がたてられてしまう。そんなのは嫌なんだ
しかし、ソクラテスは特に気にした様子はありませんでした。
クリトンは続けます。
ソクラテス、お金のことは気にしないでくれ。それに逃亡後の身の上を気にしているのかもしれないが、外国に友達もいるし、テッサリアとか君を受け入れてくれる国はいくらでもあるんだ
それにこのまま君は死んでいいのか?君の子ども達はどうなる?君が死んだら、彼らは孤児になるんだぞ。絶対に逃げた方が良いって!
クリトン、君の熱心さは尊重したいが、それが正しいかどうかは考えなければならない。私は熟考の結果、最善と思われる考え以外従わない
そして、二人の問答が開始したのです。
大衆に迎合しない
まず、我々は大衆の意見ではなく、一部の知恵がある人の意見が尊重されるべきとの立場に立つというのはいいだろうか?
異議なし
ソクラテスは具体例を出します。
例えばだけれど、運動を本職とするアスリートは大衆の意見ではなく、医者やコーチ等の専門家の意見を尊重すべきだろう
そうだな
もしアスリートが素人である大衆の意見を重視してしまうと、わざわいを被ってしまう。例えばコーチの意見を無視したアスリートが怪我をして不健康な身体になってしまったら、そのアスリートに生きがいは存在しないだろう
この例は正義、美醜、善悪などといったものにも当てはまると私は思うがどうだい?
確かに
不正によって害された魂を持っていることはそれ以上に生きがいがないと私は考えている
なるほど
ということは、クリトン。先ほど君が言った『大衆から金を惜しんで親友を救うのを怠ったという噂がたてられてしまう』というのは大衆の意見に耳を傾けるという姿勢に他ならない。それはすべきことではないだろう
…なるほど、分かった。確かにそうだろう
一番大切なことは単に生きるのではなく、善く生きることだ。では、善く生きるとは何か?それは美しく生きる、正しく生きるということでもあるのだ。なので、私が逃亡するかどうかはこの問答で逃亡が不正ではないと認められた場合にのみ行われるべきであって、他のことは考慮しない方がいいだろう
ふむ
クリトン、もし私の言うことが間違っていたらすぐに反論してほしい
もちろん、おかしいと思えば私も言うさ
そして、二人は問答を続けていくのです。
善く生きるとは?
ソクラテスはクリトンの問答の中で善く生きることが一番大切なことだと言っています。
善く生きること、すなわち美しく生きる、正しく生きることであるとしています。
ソクラテスは『不正』というものを潔癖なほど嫌います。
『不正』とは決して大衆から非難されることではないのです。
そこをアスリートの比喩を使って説明していますね。
『不正』とは道理から離れたことをすることに他ならないのです。
なので、ソクラテスは牢獄からの逃亡が『不正』であるならば、それは決して行わないと言っているのです。
ここから二人の問答は『国家』や『国法』についての討論となっていきます。
不正とは何だろうか?
そもそも不正とは何かを考えてみよう。私が思う不正とはどんな状況であっても故意に行ってはならないものであり、それは常に悪であり、恥ずかしいことである。クリトン、どう思う?
私もそう思うよ
もし自分が不正を受けたからと言って自分が不正をしていいという理由にはならない。どんな人に対しても不正に復讐したり、わざわいを加えたりしてはいけないのだ
うむ
他人に対して正当な権利として認められたことは、自らもまた尊重すべきである
それはそうだろう
では、ここで質問だクリトン。私が国家の同意を得ずにここから逃亡することは、不正に当たるだろうか?
クリトンは答えられず、黙ってしまいました。
『国家』について
もし国家が人間だったならば、こう思っているだろう
『ソクラテスは法律や国全体を破壊しようとしているんじゃないか。一度決定された罪を無効化・破棄されるなんて、そんなことをしたら国は壊れてしまうのではないか?』
そしたら、私(ソクラテス)はこう返答するだろう。『国家こそ私に不正を行って、正当な判決を下さなかったじゃないか!』と
その通りだ!
しかし、ここで国家の言い分も考えなくてはいけない。彼はこう思っているだろう。
『ソクラテスよ、お前は私(国家)が下すいかなる判決にも服従すると誓ったのではなかったか?』と
『人は祖国を敬い、祖国が命じるものはどんなことでも黙って従うべきである。もしその命令が間違っているのであれば正当な方法でその考えを改めさせなくてはならないのだ。決して暴力を用いてはいけない。』
確かに、それはそうかもしれない
『国法』について
ソクラテスは次に国法(国の法律)を擬人化して語りだします。
『私は全てのアテナイ人に引っ越しの自由を与えている。もし意に沿わないことがあるのであれば、全財産を持って植民地や海外に移住すればいいのだ。誰もそれを禁止したりはしない。』
『つまり、アテナイに留まり続けているということは、私のいうことを理解し、それを守ると約束した者である。私はただ命令を出すだけであって、それを守るか、もしくは命令が間違っていることを分からせるかの二者択一しかないのだ。どちらを選ぶかは市民の自由であるが、不正者はこのどちらも実行しない。』
ソクラテスの中の国法の擬人化はまだまだ続きます。
『もしソクラテスがここから逃亡したら、非難は凄まじいだろう。ソクラテスはわずかな機会を除いて、ずっとアテナイの町に住んでいて、他国に興味を持たず、70年間満足していたではないか。』
『それに裁判中に追放刑を希望することもできたのに、それより死を選ぶとはっきり宣言していた。それを今更、撤回するのか?なんと恥知らずな振る舞いなんだ。』
そして、話はもし本当にソクラテスが逃亡したら、という段階になっていきます。
『もしソクラテスが私(国法)との合意を無視して逃亡するのであれば、ソクラテスの友人までもが追放刑(祖国喪失)・財産没収の危険に晒されるだろう。』
『またソクラテスが仮にテーバイ、メガラといった良い国法のある近隣都市に行ったのならば、それらの国の者たちはソクラテスが国法を守らなかった者として疑いの目で見るだろうし、ソクラテスの死刑判決を正しいものだったとするだろう。』
『そんな秩序ある国々や善い人々を避けながら生きたとして、生きがいはあるのか?そして、その中でソクラテスはそんな人々に徳や正義、制度と法律が人間にとって最高の価値であると語るのか?』
そして、話はクリトンが最初に逃亡先として提案してくれていたテッセリアに移ります。
『もしくはクリトンの友達を頼りに、テッセリアのような無秩序状態な国へおもむき、脱走話や、国法無視、老人の生への執着といった滑稽話でテッセリアの人々を笑わせ、彼らの機嫌を損ねないように奴隷のように生きるのか?』
『子ども達のために生きながらえたいと言うのなら、そんなテッセリアのようなところに子どもを連れて行って教育するつもりなのか?子どもたちをアテナイに残して友人たちに世話を頼む方がいいだろう。』
『その友人たちはソクラテスが生きて目を光らせている内はちゃんと子どもの世話をするが、死ねば世話をしなくなるほど信用のない者たちなのか?』
脱獄すべきか?
最後に国法の擬人化はソクラテスの説得に移ります。
『だからソクラテスよ、我々の言葉に従い、子ども、命も、その他のものも、正義以上に重視してはいけない。冥界にたどり着いた時、自らを弁明できるようにしなければならないからだ。』
『ソクラテス自身も全ての関係者も正義以上の幸せはないのだ。ソクラテスがこのままこの世を去るなら、人々から不正を加えられた者としてこの世を去ることになる。』
『しかし、ここで逃亡してしまうと不正に不正で報いてしまい、私(国法)に対する合意や契約を破ることになる。そうしたら私はお前に怒りを抱くし、冥界の国法も親切におまえを迎えてはくれない。』
『だからクリトンに説得されずに、私の言葉に従え。』
そこまでソクラテスが言うと、擬人化の「声」はもう聞こえなくなりました。
クリトン、もし君が反対しても、もう私は何も言わないかもしれない。それでも何か君は私に言いたいことがあるだろうか?
もう、何も言うことはないよ
クリトンはソクラテスの脱獄の提案を諦めました。
すると、ソクラテスは言いました。
よろしい、それでは我々はこの通り行動しよう。神がそちらに導いて下さるのだから
ソクラテスに聞こえる「声」
ソクラテスは問答の中で後半にかけて、まるで彼がイタコ(霊媒師)になったかのように別人格がしゃべっている部分がありました。
『国家』や『国法』の擬人化です。
これはソクラテスが幼少期の頃からしばしば聞こえるという神的な何かであると考えられます。
ソクラテスが何か良くないことをしようとしている時に、禁止や制止のために聞こえる「声」が彼にはあったと言われています。
それは彼に死刑判決が下るまでを描いた『ソクラテスの弁明』にも描かれています。
この『クリトン』は『ソクラテスの弁明』の続編と言われていますので、
『ソクラテスの弁明』著プラトンのあらすじを分かり易く解説
哲学者ソクラテスの弟子であるプラトンが著した初期の対話編『ソクラテスの弁明』。古代ギリシアの偉大な哲学者ソクラテスの無罪を主張するために行った答弁って一体どんな内容だったの?分かりやすくこの記事でソクラテスの弁明の内容を解説!
もしご興味あればこの『ソクラテスの弁明』の記事もご覧いただけたらと思います。
『ソクラテスの弁明』や『クリトン』について文庫でより詳しく読みたい方は、
こちらもぜひ読んでみて下さい。
ソクラテス関連の記事をここで読んでいれば、難解なこの文庫もきっと読み易くなるはず!
参考:『クリトン』
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