イスラム教徒が喜捨(ザカート)を行っていると聞いたことはありませんか?
ザカート(喜捨)とは、ムスリム(イスラム教徒のことを言う)にとって大切な六信五行の内の一つです。
困窮者を助けるための義務的な喜捨を指します。
この喜捨はムスリム達にとって大切な五行の一つです。
そんなザカートの意味や支払いの計算方法について、またザカートとサダカの違いについてなどをご紹介していきます!
ザカート(喜捨)とは?
喜捨(ザカート)とは、富のあるムスリムが貧困者に対して一定比率の金銭や現物を支払うことです。
ザカートは毎年の終わりに、それぞれの人の収入資源と貯蓄の両方に課せられます。
これはある一定額の財産を持つ全てのムスリムにとっての義務です。
ムスリムたちにとっての聖書であるクルアーン(コーランとも言う)の中で、アッラー(神)はこう言っています。
信仰心を持って善行に励み、礼拝の務めと定めの喜捨を行う者は、恐れや憂いもなく我の報酬を与えられるだろう
大前提にアッラーへの崇拝の気持ちがある状態で行う崇拝行為をまとめると、
崇拝行為 | 行い | 効果 |
---|---|---|
サラート(礼拝) | 身体を使った精神的行い | 心のおごりを清める |
サウム(断食) | 身体を使った精神的行い | 肉体的欲望を制御する |
ザカート(喜捨) | 金銭を使った実践的行い | 財産へのどん欲を克服する |
こうなります。
このように信仰が精神性だけに終わらず、社会での行動を促すのがイスラムの特徴です。
ザカートは個人や団体に直接渡されるので、その提供者は
相手に本当にザカートを受け取る資格があるのか?
と出来るだけ明確に判断しなくてはなりません。
イスラム政府が税金と同じように集める場合、ザカートの分配は政府の特別部門の仕事です。
しかし、非イスラム国でのザカートの支払いはそれぞれのムスリムが自分の責任で支払う義務があります。
日本でザカートを支払う場合の方法としては、
- 個人が自分で貧しい人などを探す
- 他のムスリムから紹介してもらう
- 自分の信頼するイスラム団体に任せる
などがあります。
ザカートが義務な理由
ザカートの支払いが義務なのは、成人した男女のムスリム達です。
ザカートが義務付けられる条件には以下のようなものがあります。
- イスラム法によって決められた一定額の財産を所有
- 財産を一年間通して所有(財産が所有下から外れたら無効)
ムスリムはザカートによって自分の財産を清め、アッラー(神)の恵みに感謝し、来世への投資とするために施します。
つまり、ザカートはイスラム国家から課せられる税金ではなくムスリムにとっての義務なのです。
なので、ザカートの支払いは各ムスリムに任せられます。
しかし、サウジアラビアやバハレーン(バーレーン王国)では、ザカートを税金として導入しています。
どちらも失業率の高い国で、ザカートは多くの失業者の生活保護に当てられています。
「ザカー(浄財)」というアラビア語の意味通り、その目的は豊かなムスリムの魂の浄化とされています。
つまり、現世のあらゆる欲望や貪欲さなどを全てを取り除くのです。
人間が持っているもの全ての真の所有者はアッラーであり、富は巡り巡ればアッラーからの恵みでもあります。
その証拠にアッラーは、
天地創造をしたのは誰か?また、お前たちのために天から雨を降らせられるのは誰か?それで我は美しい果樹園を生い茂らせるが、お前たちは樹木を成長させることすら出来ない
と言っています。
財産を手に入れること自体が目的ではなく「手段」です。
アッラーの意向に沿った形で、その財産も使わなければなりません。
ザカートに対する心構え
ザカートを支払う時には意志が必要です。
もし意志なしにお金を支払った後で、
あれはザカートだったことにしよう
と考えた場合、そのザカートは無効です。
しかし、もしザカートを支払った後で、
ザカートを払うべきではない相手に施してしまった…
と気が付いた場合、そのザカートは有効です。
ザカートを与える時に注意しないといけないのが、ザカートを与えた相手に
施してやったわぁ
というような考え方を持って、それを言ってはいけないということです。
ザカートの提供者はおごり高ぶったり売名したりしてはいけません。
ですが、もし自分がザカートを支払ったことが他人を励まし、善行への競争心を煽るようであれば、名前を公表することは許されます。
また、受給者も自分のもらったものがザカートであることを告げる必要はありません。
受け取り資格者が遠慮して、
ザカートは受けたくない
と言う場合には、その出所を言わないで与えても構いません。
貧しい者と裕福な者のどちらの意図も純粋かつ誠実でなくてはなりません。
自分のザカートを受け取ってくれてありがとう!
と与える側は受け取る相手がいることに感謝し、貧困者である受け取る側も感謝します。
ザカートによる効果とは?
ザカートを施すことは、その人の財産に対するどん欲な気持ちを洗い清め、貧しい人に対する慈悲の心を育てます。
一方、貧困者の心も富裕者に対する憎悪や嫉妬などの感情を浄化し親愛の情を生みます。
イスラム教ではザカートの支払いを拒む者に、非常に厳しい警告を与えています。
アッラーからの贈り物を出し惜しみする者たちが、自分たちは有利だと思わせてはならない。そういった者たちは、復活の日にはかれらの首にまつわるであろう。天地の遺産はアッラーに属する。アッラーはあなたがたの行うことを熟知される。
(イムラーン家章第3章180節)
また、イスラムでは来世についても説かれています。
来世の運命は現世での富や地位ではなく、
- その人のアッラーへすがる心や美しい品性
- アッラーから授けられたものをいかに使うか
にかかっています。
アッラーはクルアーンでこう言っています。
お前たちの中の、ただ富裕な者の間にもっぱら渡らせないためである
イスラムの経済原則では、富を正しくバランスよく分配することが重要となります。
富の死蔵と無制限な蓄積を禁止していますが、富の強制的な平等分配も認めてはいません。
むしろ、イスラムでは中庸を勧めているのです。
ザカートの受給資格者
アッラー(神)はザカートの受給資格者たちについて、
ザカートは貧者と困窮者、ザカートの徴収に携わる者、それによって心に親愛が生まれそうな者、奴隷の解放、債務に苦しむ者、アッラーの道にある者、そして旅人に与えられる。それは我からの義務である
と明確にしています。
以下、ザカートを受ける資格があるのは次のような人々です。
- 自分と家族を支えるだけの財産を持たない者
- 災害のために財産を失ってしまった者
- ザカートを集めて管理する者の賃金
- イスラムに改宗したために財産を失った者
- 自由を東縛されている者(身代金の支払いなど)
- 必要経費による債務の返済が出来ずに困っている者
- 自分の住まいから離れた地で困っている者
- 困っている者の救済活動を行う福祉団体
- イスラムの布教活動を行なう者
- イスラムの知識を探求する学者や学生
- 社会のために有益な組織を作り改善する者*
こういった人たちに対して支払われます。
ザカートの非受給資格者
ザカートを受ける資格のない人たちは次のような人達です。
- 非ムスリム(イスラム教徒でない者)
- 預言者ムハンマドの直系の子孫
- ザカート支払い者の祖父母・両親・配偶者・子供・孫
- ザカート徴収人以外の給料としての支払い
- 裕福な親のいる子供
- 故人の借金の返済のため
- 葬儀費用のため
- モスクの購入や建築のため
- 大げさな結婚式のため
- 見栄や浪費によってできた債務の返済
こういった人達に対しては支払われません。
二サーブとザカートの計算
ザカートが義務とならない人の財産の最低貯蓄額のことを「二サーブ」と言います。
この計算方法は、
- 金87、 4.8グラムの時価
- 銀612、 36グラムの時価
のどちらか低い方の金額となります。
この金額未満の財産しか持ってない人は、ザカートが義務とはなりません。
ザカートを払う人は自分で任意に決算日を決め、そこから一年さかのぼって計算しますが、多くの人はヒジュラ暦の「ラマダーン月」を決算日にしています。
ラマダーン月とは、断食期間のことを言います。
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一定の規準額に達した財産で連続一年間所有したものは、その年にその額の2.5%を支払わなくてはなりません。
ザカートの計算は『イスラーム アキーダとイバーダ』を参考に書いていますが、それぞれの計算についてはムスリムの学者やモスクに相談した方が良さそうです。
|
財産 | 最低限 | 率 |
---|---|---|---|
1 | 農産物 | 収穫毎1568g以上 | 人為的水利の場合:5%
雨水の利用の場合:10% |
2 | 金銀および金銀装飾品 | 金88gまたは銀617g | 価格の2.5% |
3 | 現金 | 銀617g | 2.5% |
4 | 商品 | 銀617g | 2.5% |
5 | 鉱業 | 最低限なし | 価格の20% |
6 | 水、水牛 | 30頭 | 30頭につき 1才のもの1頭
40頭につき2才のもの1頭 |
7 | 羊、山羊 | 40頭 | 初めの40頭に対して1頭
120頭に対して2頭 300頭に対して3頭 100頭毎に1頭 |
8 | ラクダ | 5頭 | 24頭まで、羊か山羊1頭
25~35、1才もの雌ラクダ1頭 36~45、2才もの雌ラクダ1頭 46~60、3才もの雌ラクダ1頭 61~75、4才もの雌ラクダ1頭 76~90、2才もの雌ラクダ2頭 91~120、3才もの雌ラクダ2頭 121頭以上、40頭毎に2才もの雌ラクダ1頭または50頭毎に3才もの雌ラクダ1頭 |
ザカートに関する義務とは?
ザカートの支払いが義務でない人は、
- 財産が二サーブに満たない人
- 正気を失っている人
- 未成年
となっています。
ムスリムの財産のうち、ザカートの義務が発生するのは以下のような財産です。
以下の財産を二サーブ以上1年間所有していた人は、その財産に対しザカートを支払わなければなりません。
- 現金
- 金および金製品
- 銀および銀製品
- 在庫商品
- 家畜
- 農作物(収穫毎)
ザカートの義務がないものは、以下となります。
- 家庭用品あるいは個人の物品(例えば家、衣服、食器、家具、自動車、パソコン、電話機、本など)
- 商売目的以外の物品(例えば商用車、事務機器、借りている事務所)
いくら支払うか計算してみた
それでは、ここからは実際に計算例を挙げてみましょう。
現代社会ではほとんどのムスリム(イスラム教徒)は現金を所有することの方が多いでしょうから、1年間で稼いだ金額を計算します。
例えば、年間300万円を稼いだとしましょう。
その額の2.5%を支払うことになります。
なので、計算式はこうなります。
3,000,000 × 0.025 = 7,500(円)
つまり、300万円を1年間貯金した人は、ザカートの支払いで7,500円程を支払うこととなります。
このようにして、ムスリムの人はこの計算式に自分の年間貯金額を当てはめて自分のザカートを計算してみて下さい。
もちろん、算出した額以上の金額を支払っても大丈夫です。
先ほども書いたように、ほとんどのムスリムはラマダーン月にザカートを行うことが多いようです。
ザカートとサダカの違い
ラマダーン月に行う喜捨には他にも「サダカ」というものがあります。
イスラム教で定められた喜捨である「サダカ」や「ザカート」は、一定額の貯蓄がある人全員の義務です。
一般的に、家長である夫が妻や子供たち全員の分を払います。
イスラム法学者たちは、
サダカよりもザカートの方が、クルアーンにで出てくる回数が多い
ということから、それぞれの違いは
- ザカート:義務
- サダカ:自発的
となっています。
ただし、クルアーンにおいては両方とも自由な喜捨を意味していました。
預言者ムハンマドは「サダカ」という名で、神に仕える者の徳として自由な喜捨を勧めていました。
ですが、それは義務ではありませんでした。
その後に、新たに従った部族に対する喜捨の義務化が行われました。
初代カリフのアブー・バクル以降、現在でも使われる定義がイスラム法学者たちにより決められて行きました。
ザカートの内容は、ムスリムに課せられた財産税です。
貧者の救済を目的にしているので、「救貧税」と訳されることも多くあります。
一方では、キリスト教の救貧税とはかなり違い、ザカートとサダカが宗教的な「施し・喜捨」の観念の元でイスラム共同体の社会福祉システムとして働いている現実から
やはり「喜捨」と訳すべきだ
とも考えられています。
ザカートとサダカの共通点
クルアーンでこれら喜捨についてを簡潔に述べると、
施しを行わない者は、信仰を全うしたとは言えないだろう。何でも余分のものを施せばよい。
(イムラーン家章第3章92節 / 雌牛章第2章219節)
と述べられています。
そして、施し方についてはそれを受け取る人の人格が傷つかないように気を配り、匿名で施したりします。
また、自分の行為を見せびらかしたり高慢になったりしないようにも注意します。
施しをする相手は、まず自分の家族あるいは扶養者からはじめて、
親族 → 孤児 → 貧しい人 → 困っている人 → 未亡人 → 債務者 → 旅行者 → (イスラムの)布教者 → 救助を必要とする一般人
と順に拡大していきます。
また、クルアーンで慈善の意義は援助を必要としている者に対して、金やものを与えるだけには限らないことが強調されています。
それは、他人を助けるためにする行為や言葉全てを含んでいます。
時間、労力、利害関係、同情心、援助の気持ち、親切な言葉なども含まれ、
- 他人が必要としていることによく気を配る
- 葬儀に参列し、近親者に死なれた者を慰める
- 笑顔で人に接する
これらすべてが慈善の行為なのです。
サダカの具体的な例
例えば、ある男性が戦争に行き亡くなったとします。
その妻と子供は大黒柱を失うことになります。
もし住んでいる国の社会福祉が充実していなければ、妻と子供は生活に困窮することになります。
政府レベルの公的な仕組みとしてはザカートがありますが、この制度だけでは手が回らない可能性があります。
そこで、近所で声を掛け合い金銭を集めて回り、
はい、これを受け取って下さいな!
と困っている家族に直接渡す行動が見られます。
これがサダカの具体的な例となります。
政府による福祉とは違って、近所付き合いのように常に顔を合わせているような間柄同士での助け合いとも言えます。
イスラム共同体には、こういった仕組みがいくつも組み込まれているのです。
また、ビジネスで成功した人が慈善団体に自由意志で、
寄付します
と喜捨をするのもサダカとなります。
さらに裕福な人は、地域共同体に対して学校などの建物をまるごと寄付することも多いようです。
このサダカによる寄付は、一般的な寄付とは違う点があります。
基本的にサダカで寄付された学校などには、寄進者の名前が刻まれることはありません。
なぜなら、サダカが富裕者から直接寄付されるのではなくアッラー(神)に寄進され、それを皆が使える状態にしていると考えるからです。
イスラム共同体では、
人 → 神 / 神 → 人
と福祉の資金もアッラーと人との1対1の関係を基にして動いています。
旧約・新約聖書のあらすじから、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教までを1冊の本でまとめたものがあります。
聖書の基本から発展編まで、さらに深く知りたい方には持って来いの本なので、
気になる方は、こちらの本もぜひ読んでみて下さい。
参考:『ザカート』・『イスラーム アキーダとイバーダ』・『イスラームのメッセージ』
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